今回の舞台は福岡県。2004年にオープンしたダイニングバー「LILLET(リレ)」のオーナー、福永 澄男氏を訪ねた。
友人をもてなす気分で、ひと皿ひと皿に愛情をこめる
長く続けていた趣味が、いつの間にか仕事に変わることがある。福永氏の場合も同じで、昔も今も友人を喜ばせるために料理人を続けてきた。「僕が料理をするのは、好きな人にご飯を作って、それを食べてもらいたいから。昔からホームパーティーが好きで、自宅に友達を呼んでは食事を振舞っていました。この店も、友達が来てくれたらいいやってくらいの感覚で始めたんですよね」
人との出会いを重ねて、料理の持つ力を実感してきた
福永氏は、料理上手の母親の背中を見ながら、子どもの頃に料理を始めた。両親が写真館を営んでおり、その影響でカメラマンとして活動していたが、社会人2年目に転向して料理を仕事に。「リレ」をオープンしてから、今年で20年目を迎えた。料理のいろはは、福岡市内の飲食店で学んできた。独立前に勤めていたバーでは、料理の腕前を聞きつけたテレビ局関係者からスカウトをされ、地元ローカルの情報番組の料理コーナーに2003年から20年間、毎週テレビ出演していたことも。料理を通してつながれた人との出会いが、福永氏のかけがえのない財産になっている。
「番組では、普通の料理人だとできない経験をさせてもらえたました。なかでも記憶に残っているのは、子どもを笑顔にしたいというお母さんに、パンケーキのレシピと作り方を教えてあげた放送回。サプライズは見事に成功して、娘さんも大喜び。僕が考えたパンケーキで誰かをちょっと幸せにできたと思ったら、めちゃくちゃ泣けてきて。親子愛にも感動しましたし、思い出しただけでも涙腺が……(涙)」
雑居ビルの3Fにある、予約の取れない大人の隠れ家
店があるのは、近年独立系の飲食店が増え始め、地元のグルマンから注目されている、福岡市の高砂エリア。雑居ビルの3階の一室をリノベーションした店内には、福永氏セレクトのジャズやR&Bが流れ、オレンジ色の暖かい照明がムーディーな空間を演出する。「ショップ名は、20代前半の頃から呑んでいるリキュールの名前です。店が完成した夜は、テーブルに座りリッキー・リー・ジョーンズのアルバムを聴きながら酒を呑んで、喜びを噛み締めました(照)」
メニューは全て手書きで、イタリアンを中心に、幅広いジャンルの創作料理が豊富に用意されている。定番のピザは全て自家製。生地を伸ばして、トマトソースをペースト。オイルサーディンをトッピングした一枚は、一口食べると、全く臭みのない鰯の旨味が口一杯に広がり、酒の充てにももってこい。みずみずしいフルーツを使ったサラダも人気の品。オリジナリティあふれる福永氏の料理は、まさにここでしか食べられない逸品揃い。「料理のルーツは母親の手料理です。学生の頃、母が作ってくれるお弁当には、前の日の晩御飯の残り物を使ったアレンジおかずがよく入っていました。例えば、牛蒡の煮物を油で揚げた、煮牛蒡のスティック揚げとか。店のメニューにもありますよ」
開店準備は15時からスタート。まず、食材の買い出しにたっぷり1時間。16時から18時までの2時間で簡単な仕込みを終わらせ、オープンに備える。手間のかかる仕込みは営業中に取り掛かり、終わらなければクローズ後にも。「食材は卸業者にまとめて発注するのではなく、出来るだけ自分の目で確認をして、仕入れるようにしています。同じ品種のトマトでも、形や色って全然違うんですよ」
キッチンの中でも丸っこいフォルムの少年風スタイル
福永氏はユーロミリタリー好きで、〈ナイジェル・ケーボン〉ではシャツやオーバーオールを愛用中。気に入ったアイテムは、オンオフ問わず着まわしている。「ダンディーとかワイルドっていうよりは、田舎の少年っぽいかわいらしい服に惹かれます。あとは、仕事でも着るので、動きやすくて丈夫なもの。抜け感と清潔感を両立した装いが理想ですね」
この日、福永氏が着ていたのは〈ナイジェル・ケーボン〉のフィッシャーマンズシャツ。リネンを高密度に織り込んだ素朴な生地が、着込むほどに体になじんで、自分だけの一枚に育っていく。福永氏は作業しやすいように袖を捲り、オリーブのエプロンを着けた姿で食材の下拵え。「服はミリタリーのなかでもマリン系が多いですかね。このシャツはバスクシャツみたいな首元がいい。襟がなくってカジュアルに着られるのに、生地がしっかりしているので上品に見えますよね」
コック帽の代わりにキャスケットを被って自分らしく
福永氏は髪の毛が料理に混入するのを防ぐために、厨房では帽子を必ず被る。ただし、一般的な円筒型のコック帽ではなく、ベレーやキャスケットなど、着こなしに合わせたもの。洋服と同じく、帽子についても丸いフォルムのアイテムを選びがち。「このナイジェル・ケーボンのキャスケットは、リネン素材の生地を使っていて、品がいい。個人的にはクラウンがコンパクトなところもツボ。ボリューミィーすぎると重たくって疲れるんで。被る時は、トップを少し横にずらしてバランスを整えます」
これからは、少しだけのんびりと料理を楽しんでいく
友人の集まる場にしたいと思って始めた「リレ」。今年で50歳を迎える福永氏が見据えるのは、そんな店の原点に立ち帰る、料理と仲間に落ち着いて向き合えるマイペースな未来。「これまで、がむしゃらに料理の世界で働いてきたので、これからは楽しむことを優先したいと思っています。カウンター席だけにして、お客様は友だちだけ。その日の美味しい食材を使ったお料理を気分で出すような、店をやろうと考えているんです」