ナイジェル・ケーボンの〝影武者〟が創る、 「燻し銀」のワークスーツ
きっかけは、セピア色に変色したモノクロ写真だった。
農夫、靴職人、鍛冶屋、石工職人…。英国やヨーロッパで1900〜30年代にかけて撮影された、名もなき労働者たちのポートレート。
そこに写る男たちが着ている洋服は、今でいうスーツ、つまりテーラードジャケットと、共生地のトラウザースである。街のテーラーで仕立てたものだろうか? それとも、父や祖父から受け継いだものだろうか?長年にわたる着用と、現代とは比べものにならない過酷な労働によって、彼 らの一張羅は汗と埃にまみれ、ところどころに継ぎがあたっている。もはやそのスーツは洋服や道具といった概念を超越した、彼らの皮膚そのものだ。そしてそんなスーツを纏い、誇らしげにカメラを見据える男たちの姿の、なんと気高いことか!
現代を生きる私たちが思い浮かべるスーツとは、全く異なるスーツの世界がここにある。
スーツとは、本来肉体労働者が家から着用し、そのまま作業にも着用するワークウェアでもあった。そしてデザイナー、ナイジェル・ケーボンは考えた。私たちの働き方、 暮らし方が大きく変わりつつある今、改めてスーツという洋服にワークウエア……すなわちワークスーツという思想を取り戻したい、と。しかし彼はここで、大いなる苦難に直面することになる。産業構造が激変した現代の大英国内やヨーロッパでは、自国の労働者たちがかつて着ていたような服を仕立てる工場も、生地を織る工場も、もはや衰退し残されていないのだった。
そこでナイジェル・ケーボンは日本に在住する自身の〝影武者〟に、その任を託すことにした。その名は都築隆二、通称ZUKI。17年間にわたって彼の右腕として活動し、そのデザイン哲学・コンセプト・センス等の思考方法を叩き込まれるとともに、日本国内での糸づくりから機織り、縫製技術、仕上げ加工といった 、ものづくりの全生産工程における、あらゆる知識・知見と技術に通じた男である。
謎に包まれたヴィンテージウエアのものづくりを研究する、考古学者。 再現不可能と言われた糸や生地を現代の技術で復刻させる、エンジニア。 そしてナイジェル・ケーボンという異才から放たれる突飛な着想を具体的なデザインへと落とし込み、日本製品に仕立てる翻訳家。
そんな3つの顔を併せ持つ、ナイジェル・ケーボンの〝影武者〟の主導によって、わが国に残された職人技術を駆使する形でこのプロジェクトはスタートした。
いわゆる第一次産業、第二次産業のなかからクローズアップした特定の労働者や職人、加えて作家や芸術家たちの着ていたワークスーツを研究、分析し、現代の要素を反映しながら蘇らせる……。それが、ZUKIならではのワークスーツのつくり方だ。 テーマとして掲げたのは、ファーマー(農夫)とコブラー(靴修理人または靴屋)、そしてサドラー(馬具職人)である。
ビジネススーツの概念が確立される少し前、〝ラウンジスーツ(ジャケッ ト)” と呼ばれる1880〜1920年代の技術を取り入れたその仕立ては、重厚な生地でも快適に活動でき、着るほどに体になじんでいく。
生地は、スーツが文字通り一生ものだった時代の風合いと丈夫さを再現すべく、厳選した織機のみを使い、ウール糸を極限まで打ち込んで織ったオリジナル。しかもこれには洗濯機で洗えるように防縮加工が施されている。さらにジャケットとパンツで起毛の度合いを変えるという凝り様だ。
激動の時代を生き抜いた男たちが必要としたスーツとは、いったいどんなものだったんだろう?そのスーツを着て、男たちはどんな風に働き、そしてささやかな休息の時を過ごしたのだろう?このコレクションには、そうした探求の結果が、ステッチ一本に至るまで反映されている。
現代のスマートビジネススーツの常識からは大きく逸脱した、その重厚な生地やプリミティブな仕立てに、最初は戸惑うかもしれない。しかしこのワークスーツは、混迷を深める今という時代を生きる男たちにとって、100年前もそうであったように、ひとつの心の拠り所になってくれるに違いない。
「無理して煌びやかに生きる必要なんてないんじゃないか?」
名もなき労働者たちのポートレートは、私たちに語りかける。
煤けても黒ずんでも、だからこそ美しい熟練の価値を宿した、いぶし銀(Oxidised Silver)のような男たち。
そんな男たちのために創られるワークスーツは、【オックスドシルバー】と命名された。
100年経っても変わらない、男たちの本質的な価値を託して。
- OX'ed SILVER -
発売日 : 2024年3月30日(土)
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